11.クライアントの実例から学ぶ

あなたは、債務を克服するために、このHPでいろいろと勉強されて、見違えるほどの知識と自信を手に入れられたと思います。

しかし、知識だけ詰め込んで、頭でっかちになっても、それを使えないと意味がありません。それがどんな使われ方をしているのか、それがわかるとよりイメージしやすいですよね。ですから実践に当てはめて話をしてみたいと思います

それにうってつけなのは、体験談なんです。私が見たクライアントで、どん底から這い上がり、今では以前にもまして、仕事が順調で、幸せな生活を取り戻した方がいます。

その変貌ぶりがとてもリアルで、わかりやすいので、是非あなたに紹介させて頂きます。

このご主人は、どこにでもいる普通の方です。土地を持っているとか、大きな事業をしているわけでもありません。その方を見ていると、ここまで再生できるものなんだと、その過程をあなたに知ってもらうことで、自分もなれるかもという希望が湧いてくるでしょう。

その方は私の知り合いの紹介で見えました。飲食店をやっていて、18人でいっぱいになるようなお店なんですが、ちょっと歯車が狂い始めてしまい、借金をするようになりました。

それで返せなくなると叉他から借りて返すと言う、本格的な自転車操業の形になってしまいました。最終的には、売上も下がり、借金だけではなく、仕入のお金も払えなくなり、どうにもならなくなってしまったのです。

私のところに来る前には、弁護士のところも相談にいかれたようです。
債務相談、債務整理、というキーワードで検索すると、たくさんの弁護士のHPが出てきます。その中で、比較的近くの先生を訪ねたようですが、自己破産を勧められたようです。弁護士にそう言われた以上、そうするしかないと、覚悟を決められたようです。

そんな中で、東京地方裁判所から封書が来ました。債権者から訴えられた訴状だったのですね。裁判所に来いという事で、それを見てあわててしまい、相談に見えたという事なんです。

それで面談をさせて頂いた時は、顔色も悪く、血の毛が引いてしまった感じで、自分がどうなってしまうのかわからない、お先真っ暗という感じでした。

相手の債権者はサラ金でした。数年前に、弁護士に依頼して、任意整理をし、5万円程だった返済額を、約半分に減額しそれを返済していました。しかしその返済も滞るようになり、今回の裁判所からの訴状となったわけです。

債務は当然これだけではなく、債権者はこの訴えられたサラ金の他に5社程ありました。

しかし裁判の出頭日までの期日が約1か月しかないので、とりあえず答弁書を書くことにしました。

その為に、短時間でヒアリングチェックシートに書いてもらい、おおよその状況を把握することができました。

お店は個人で営まれていて、会社組織ではありません。ご主人、奥さま、パートの方で切り盛りされています。
お店は賃貸物件で、住まいも賃貸です。ご家族は奥さまとお子様が二人。奥さまは体調を崩されている様子でした。

お店の方は、お昼時でも混んでいるとは言えず、とても儲かっているようには見えませんでした。実際のところ、借金の返済をしなくても、収支は厳しい所でした。

借金は全て現金で、都市銀行、信用金庫、日本政策金融公庫、サラ金、といった具合です。金額にして1,100万円程です。
滞納しているものは、この借金と、税理士への報酬、所得税、健康保険税、国民年金、、仕入れの代金、家賃も遅れているようです。
この分が約500万円です。合計1600万円程になります。

身のまわりの物しては、車は国産大衆車。贅沢はしている様子はありません。趣味でパチンコに行くぐらいのようです。
ご主人も体調は、良くはないように見えました。

ここで優先すべきは、お店の家賃、そして仕入れの支払いです。

それを念頭に置いたうえで、他の債務をどうするかを考える事になります。

基本的に、

・銀行等の現金の借り入れ分については、当面凍結で1円も払わない。

・税理士には泣いて頂くことにしました。

・税金は個人なので、分割で了解を得る方向で臨むことにしました。

そんな中、裁判所への出廷の日は迫ってきていました。

ご本人の様子を見ていると、当日、裁判所に出廷出来るかどうか、危うい状況でした。ただ話をしていて、いろいろな面で考え方が甘いなと感じたものですから、一度はこういった裁判を経験させたいと、考えたのです。

答弁書は任意ですので、書かない方が多いようですが、ここはちゃんと裁判の過程を踏んでもらう為にも、書いてもらいました。といっても、型にはまったものではありません。
債権者に対して、今の自分の正直な気持ちを伝え、こうなってしまった過程、そしてお詫びの文面で綴りました。
これを書くことで、気持ちの整理が付いたと思います。この答弁書を発送することで、この方は一つの仕事を成し遂げたわけです。

そして出廷当日、ただ一人で行かせるのは正直怖かったですね。行く途中に線路に飛び込んでしまうのではないかと思うぐらいでしたから、私が一緒について行く事にしました。

行先は東京地方裁判所です。指示された時刻は10時でしたから、9時30分には到着するように出かけました。しかし電車の中では、何もしゃべらず、ずっと下を見て、うつむいて、一点をみつめたまま、の状態で、本当に目が離せませんでした。
裁判所についてからも、意気消沈しているというか、見ていられないような状況でしたね。それで、どんな流れでこの裁判が行われるのかという事を、待っている間に待合室で話しました。

こうやってくださいと、元気な所を見せちゃまずいですから、うつむいたまま、返事はちゃんとする。そして最後に、裁判官と債権者の方に、深々と頭を下げて挨拶をする。
それで出てきてくださいと、言いました。それで、言った通りに滞りなくやってくれました。

裁判が終わって、サラ金の方が見えていたので、廊下で挨拶をしてお詫びしました。
それで裁判所を後にしたのですが、答弁書も便箋2枚にお詫びの手紙を書いてね、債権者の方は心配してくれましたよ。体調が悪いのに、よく来て下さいましたと言ってくれました。

それを見て、ああやるべきことをやってよかったと、彼にとってもよかったし、債権者にとってもよかったんじゃないかと、そんな風に思いました。

それで帰りの電車の中は、行きよりも全然楽でした。
顔色も良くなって、会話もかわすようになりました。

昼食を新宿で食べて、何となく一山超えたなと言う、そんなことだけで、ほっとしました。

その後も、お店の方にひっきりなしに電話がかかってくるんですよ。それを聞きながら、次の債権者についても早々にやらないといけないなと思いました。

お客さんのいるところで、さすがに電話は出られないので、電話にではないでいいですと言いました。こちらから電話して、こうこうこうで、払うことはできませんと言う話をしてもらいました。

他にも2社程、裁判をしてきました。そこについては、前回と同様、答弁書を書いて先に発送し、裁判所には2回程行きました。

2回目はさいたま地裁だったのですが、一緒に行って、傍聴席に座って、様子をうかがいました。要領がわかっていたせいか、安心してみていられました。3回目は、一人で行ってもらいました。心配だったので、私少し遅れて行きましたけどね。

傍聴席で見ていたら、ちゃんとやっていましたよ。3回目になると、もうきっちりできるんだなと、思いました。自信満々でやっている姿を見て、嬉しくなりました。

その後は、判決が出て、これは裁判所から郵送で封書が送られてくるのです。当然相手の勝訴で、支払えという命令です。ここで債務名義を取られましたから、この先、強制執行をして来るので、それに備えました。

日本政策金融公庫分の判決の1か月後に、、裁判所の執行官が、お店に差押に来ました。

お一人で来て、会話もそこそこに、何も持って行く事なく帰られましたよ。

その後は電話も頻繁にあって、郵便物も来たりしましたけど、その後徐々にが減ってきて、今現在はほとんど連絡がない状態です。

本当に大変なのは1年ぐらいですね。その後は、1年に2回ぐらい、連絡がある位で、それから4年ぐらいたちますが、今はもう安心して、仕事に向き合えるようになりました。

健康保険や国民年金は、当時区役所に数回出向き、負担の無いように配慮をして頂きましたが、今ではようやく元に戻す事が出来るようになりました。。

何よりも、夫婦喧嘩が絶えず、奥さまを気遣う事すらできなかった、御主人が易しくなり、家庭が明るくなったのは、何よりもの喜びです。

ご主人の顔が良くなると、お客さんも戻ってきて、今は繁盛店になっていますよ。

今は1円も払っていません。準備が出来たら、そこで破産してもいいし、このまま時効に持ち込んでもいいし、それはご主人が決める事ですから、しばらくは見守りたいと思います。

私の言った通りにやってくれて、今は完全に蘇えったという話です。

これはフィクションではないので、あなたをこのご主人に置き換えて、少しだけリアルな体験をして頂ければと思います。

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2017年9月5日
シェルパストーンのホームページを公開しました。

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